当時は、日本中で急増する感染者数に伴い、急変しても入院すら出来ない自宅療養者問題が顕在化し、ワクチン接種も行き渡っているとはいえない状況で、私も、自身の感染への不安と私事で仕事を休んでいいのかという医師としての使命感のはざまで何日も思い悩みました。そして、悩んだ末に出した結論は「東京には行かない」という選択でした。思えば本当に「東京も遠くなりにけり」です。
それからは、思いを断ち切るために、すぐさま、全県共通予約システムに授賞式用に止めていた予約枠を設定し、胃カメラの予約も入れました。
「そもそも受賞する心配をするなんて馬鹿みたい。万が一受賞したら、オンラインで参加するわ!」
と、自分に言い聞かせ、これまで以上にワクチン接種に邁進しました。
そんな9月初旬のある日、携帯に見慣れぬ03発信の着信が鳴りました。
そうなのです!まさかに受賞したのです!
電話を受けていた時の数分間は、今思い返しても夢のような時間でした。名前の公表の有無などを問われている間、頭の中では、カボチャの馬車が近寄ってきて、ガラスの靴を履いて真っ白なドレスを着た私が、いざ、馬車に乗り込もうとしていましたが、「ところで、賞状と賞品は後日郵送させていただきます。佳作でしたので、残念ですが、授賞式への出席等はありません。ですが、本当におめでとうございます。」
と…。私は、魔法使いのおばあさんに一瞬、シンデレラにしてもらいましたが、馬車に乗る直前に全てが消えてなくなり、舞踏会も王子様も手が届かないまま、いつものスクラブ姿の私がいるだけでした。
人生とはこんなものです。ですが、処女作でいきなり大賞を受賞していたら、今頃舞踏会で王子様をほったらかして踊り狂ってしまい、痛い思いをしていたかもしれません。
かくして、10月某日、午後2時、私は診療所の一室で授賞式のライブ配信をかけながら、午後のワクチンをせっせと準備していました。すっかり魔法がとけて、いつもの日常に戻っていましたが、人生の楽しみ方は、自分次第、次なる夢を見ながらコロナ禍の今を頑張ろうと思います。
2