医療法人庄医院 院長 渡邉亜希子
「お姉さん、アレちゃんのこと覚えてなかったね。」
ペットショップの帰り道、車の中で、娘がぽつりと言いました。
我が家の愛猫、ロシアンブルーのアレクセイは今から4か月前、たまたま立ち寄ったペットショップで、生後2か月の小さな体を震わせていた姿がなんとも愛しく、その場で一緒に連れ帰ることを決めました。
いつか猫を迎え入れたいという願望があり、いろいろな本を読み込んではいたものの、夫婦ともども猫育ては初めてだったので最初の1か月間は何度も店員さんに電話をかけ、お世話の仕方を尋ねていました。
なので、久しぶりに大きくなったアレちゃんを店員のお姉さんに見てもらおうと、みんなでペットショップを訪れた時のことです。あれだけお世話になったお姉さんでしたが、アレちゃんを見ても、どこかピンと来てないことは、誰の目からみても明らかでした。日々たくさんの新しい猫ちゃんがやってきてはもらわれていくのですから、アレちゃんを覚えていないのも無理はありませんでした。
ただ、自慢の息子を連れて、久しぶりに里帰りをしたのに、思ったほど可愛がられなかったような、そんな寂しい気持ちになり、帰りの車中、家族みんな黙ってしまいました。家に着くと、私は、お利口に外出できたアレちゃんを思わずギューと抱きしめて、こう言いました。
「アレちゃんは、本当のお父さんやお母さんのこと、何も覚えていないのかな?血統書に書いてあった大阪のブリーダーさんも、もう誰も今のアレちゃんがどこでどうしているかなんて気にしてないんだろうね。それってアレちゃんが可哀そう!」
それは当たり前の現実なのですが、小さい弟のように我が家の一員としてあどけない眼差しを向けてくるアレちゃんが急に不憫に思えてきたのです。
「ママ、私が思うに、アレちゃんのふるさとは、大阪のブリーダーさんのところじゃなくて、パパやママや私のいる我が家なんだと思うよ。人間だってそう、生まれた場所や、生んでくれた親がいるところが必ずしもふるさとじゃなくて、自分のことをいつも大切に思ってくれて、何かあったら助けてくれたり、相談に乗ってくれたりする場所、それが本当の家族だったり、ふるさとなんじゃないかな。」
不覚にも高校生の娘に「家族とは何か」について教えられました。確かに、寒い1月のあの日、猫を飼うことに一番消極的だった夫が、どうしてもアレちゃんを連れて帰りたいと言った瞬間、アレちゃんの帰る場所は我が家になったのです。
気持ちが少し楽になった私の目線の先には、グリーンの瞳にブルーグレーの毛並みを白くきらきらと輝かせ、部屋から部屋を軽やかに闊歩しているアレちゃんがいました。ミーミーと鳴いて、固形の餌をふやかしながら、家族中で、少しずつ食べさせていたあの子猫は、もういません。今では、毎日もりもりと餌をほおばりながら、成猫のしなやかな体に成長し、その瞳に私たちが映った瞬間、「ニャ!」と鳴くのです。その鳴き声の意味は、もう私たちにしかわかりません。だって、ここがアレちゃんの家であり、ふるさとだから…、ですよね?
生後2か月ころのアレちゃん